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PLG組織にセールスは不要か?

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近年SaaS事業者の間で話題となっているPLGモデル。

2021年に出版されたWes Bush『プロダクト・レッド・グロース「セールスがプロダクトを売る時代」から「プロダクトでプロダクトを売る時代」へ』によって、瞬く間に今後のSaaSの一つの目指すべき姿として認知されたのは皆様の記憶に新しいところではないでしょうか。

 

The Modelに代表される従来のセールス中心の売り方(SLG)とは異なり、そのUXによってプロダクト自らがエンドユーザーを引き付けて導入を促進するので、一般的にはSLGに比べてCACがほぼかからないモデルといわれています。

目次

営業部隊を持たないと言われるPLGモデル

さて、PLGモデルの考え方が広まってくると、下記のような言葉をよく聞くようになってきました。

「近年のSaaSのグロースにおける理想のモデルは、プロダクト主導の組織体制、販売モデルを構築し、営業部隊をほぼ持たないでCACをかけないことである」

営業部隊をほぼ持たない…

上記の言葉は確かに正しい側面を持ち合わせる反面、大きな落とし穴を持っています。

今回は、PLGモデルの導入を考えられている多くの方が悩まれているであろう「PLGにおいてセールス部隊をどう扱うか?」をテーマに書いていきます。

代表的なPLG企業がセールスをどのように採用し、どのような役割を持たせているのかを整理していきます。

ケース①セールス採用に転換しているSlack

PLGはプロダクト主導で販売が促進されるため、セールスは必要とされない、という認識は実は古い考え方になってきているというのはご存じでしょうか。

2016年当時、SlackのCEOのStewart Butterfield氏は、大規模な営業部隊ではなく、オーガニックでバイラルな成長に依存し続けるつもりであると強調していました。当時、彼はBusiness Insiderの記事内で以下のようにセールスの不要性を主張したのです。

我々は、従来のようなセールスチームを持つことなく、おそらく永遠にやっていけると思う 、営業マンを雇うには、複雑な雇用契約とコストのかかる解雇手続きが必要であり、だからこそ、営業マンとは距離を置きたい

当時のSlackの信条として、セールスを雇用することは、事業フェーズの如何に関わらずデメリットがメリットを大きく上回るものであるという考えがあったことが様々なところで語られています。

では2022年の現在はどうでしょうか?

当時、セールスを一人も置いていなかったSlackは、今現在はなんとセールス採用の方向に大きく舵を切っています。
※21年7月のSalesforceによる買収以前からの傾向です。

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LinkedInのSlackの求人ページより掲載

この流れは、PLG企業の中では少し異質なものなのでしょうか?
実は、Slackだけではなく、現在PLG企業の多くは、セールスを増やすことがトレンドともいえている状況にあります。

ケース②営業を重要なポジションにおくアトラシアン

顕著な例として、市場参入の動きを大幅に変えたアトラシアンの事例を説明しましょう。

2002年のブートストラップによる創業から2016年の評価額50億ドルに至るまで、アトラシアンにはセールスが存在しなかったことは皆さんもご存じの通りだと思います。

当初、アトラシアンが取った戦略は、優れた製品を低価格で提供し、セルフサービス型の購買を促進するというこの一点でした。いわゆるノータッチセールスモデルといわれるもので、この製品主導型成長(PLG)という構想が会社の高利益率の持続的な成長を大きく促進したと言われています。

では、現在の組織体制はどうでしょうか?

アトラシアンは少なくとも現在セールスで150人以上、事業開発で120人以上雇用していることが分かっています。

OV BLOG, Your Product Sells Itself. Now Hire Sales. (2020)より引用

これはマーケティングやプロダクトマネジメントという、従来のPLGモデルにおいて重点的に採用すべきといわれていた職務と同じくらいの規模になっているのです。

このように、様々なソリューションを提供する多様なPLG企業に一様の現象としてこの傾向がみられます。

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OV BLOG, Your Product Sells Itself. Now Hire Sales. (2020)より弊社加工

上記の図より、2017年以降に上場したPLG事業者のうち、セールス以外の従業員数が平均33%増加したのに対し、セールスの従業員数は前年比で平均45%増加しているのが分かります。もはや、数年前加速的な成長を遂げたPLG企業にとって、セールスは欠かせないものになってきたのです。

では、なぜPLG企業は近年こぞってセールスを雇い始めたのでしょうか?

アトラシアンのグローバルセールス戦略・運営責任者であるChris De Vylder氏は2020年、OV BLOGの記事の中でこのように語っています。

「セルフサービスでは、顧客との親密な関係や個人的な関係を築くことはできません。営業が行うのです。営業の洞察を製品やマーケティングに反映させる方法を探してください。最高のPLG企業は、セールスチームが製品を改善する力を与え、製品自体の販売力をさらに高めています」

アトラシアンが典型的なノータッチセールスモデルからロータッチセールスモデルに変更してきた背景には、エンタープライズ開拓という文脈があるというのは触れておきましょう。2019年、社長のJay Simons氏はポッドキャストインタビューにて、以下のように語っています。

もしあなたが大企業のお客様で、より複雑な、あるいは私たちにとってより価値のある可能性のあるお客様であれば、私たちはあなたを正しい方向に導き、あなたが持つより複雑な一連の質問に答えることができるチームを用意しています。私たちはこれをエンタープライズアドボケイトと呼んでいます。4年ほど前から、本当に複雑な大企業のお客様にフォーカスして、このような取り組みを行っています。

このように、既存のPLGモデルでは、プロダクトのみで早期に開拓できる層は限られており、見込み顧客の獲得を考えた際かなりの割合での取りこぼしが発生することが避けられないことが分かってきました。

具体的な一例を出すと、近年より求められるようになっているセキュリティ対策の諸手続きや、購買プロセスのナビゲートをしてくれる人がいないことによって、ユーザーが自分ひとりで動かねばならない苦痛を感じて離脱してしまうのです。

PLGモデルにもセールスが必要とされている

営業部隊をほぼ持たないことが特徴と言われているPLGモデルですが、多くのPLG企業が現在行きついている先は、従来のセールスの雇用による「人対人の関係性による開拓」になっているのです。

セールスチームを設けることによって顧客とプロダクトのより深い理解を同時に行い、PLGモデルを次の段階に加速させることが求められています。

PLGの取り組みを補完するために、こうしたセールスチームの活躍が必須になってくるわけですが、この際セールスチームでやるべきことは、大きく2つにわけられます。

1つ目の役割は、顧客に焦点を当てた従来の営業戦略を構築することです。
これには、ターゲット顧客のセグメント分類、各顧客別のカバレッジモデルの開発、そしてチーム全体がお客様に提供する価値を明確に説明できるようにオンボーディングすることまで、あらゆることが含まれています。

一見、製品主導での拡販モデルが完成しているのになぜコストが新たにかかるこのアプローチが必要なのかと考えてしまいそうですが、これはPLG企業で陥りがちな、「自然に反響する顧客の一部の情報のみ蓄積し、潜在的な可能性がある取りに行かなければいけない市場や顧客の情報が整理されていない」という状態を刷新する必要があるからです。

これにより、市場開拓におけるwho/what/howが更に明確化され、持続的に使用してもらうためのプロダクト開発をさらに一段加速させることができます。

2つ目の役割は、運用インフラをカバーし、チャネルパートナー、インサイドセールス、フィールドセールス、そしてカスタマーアドボケイトやプロダクトアドボケイトと呼ばれるグループなど、すべての異なる担当者のためのプロセスを最適化することです。

ここが大事な点になってくるのですが、全ての顧客に対しリソースを割いて営業をかけていくようでは、CACが跳ね上がってしまい、PLGモデルを構築した意味がありません。そのため、どの顧客に対し、どの程度営業リソースを投資する必要がありそうか、どこならば従来の製品主導で開拓ができるのかというところの見極めが必要になってきます。

一例を紹介しますと、アトラシアンでは、製品主導と販売主導の間の線引きを明確にするために、「ウォレットモデル」を運用しています。
このモデルでは、各顧客の潜在的な価値を推定した後、ユニットエコノミクスに基づいていくつかの閾値を設定し、それによって適用するセールスカバレッジの種類を決定していくのです。

セールスチームを設け、これまで取り切れていなかった顧客に対して絞り込みの上ハイタッチ気味にアプローチすることは、まぎれもなく更なるサービスの拡大を手助けしてくれます。

PLGモデルの成功における次の論点は、こういったハイタッチセールスをカスタマージャーニー上のどこにどう組み合わせていくかというところにシフトしているのです。

日本市場におけるセールスの重要性

さて、これまで見てきたものは、PLGモデルの次の姿として、セルフサービスでは開拓が困難だった企業を対象に、セールスチームがお客様のニーズの変化や拡大に合わせて一緒に成長していくことを図ったモデルでした。

「これは製品主導のモデルが軌道に乗った後の、事業フェーズの違いによるもので、今現在運用しようとしている自社には当てはまらない」

おそらく、こう考えた方もいらっしゃるかもしれません。

ですが、実は日本におけるモデルにおいては、かなりエンタープライズ開拓以外の文脈でも意識しなければいけないものになっているのです。

様々なSaaS企業様の拡販のご支援をさせていただいた経験から、日本におけるPLGモデルでの拡大には一例として、以下のような難しさがあることが分かっています。

〇UXの磨きこみの難しさ
 ・ プロダクト立ち上げ期での調達の難しさ
 ・ 優秀なエンジニアの不足
 ・ 調達後求められる成長速度の速さ

〇製品主導の拡大の難しさ
 ・ TAMの小ささ
 ・ 根強い商習慣の存在
 ・ 導入先のIT環境・リテラシーの不足

など…

実際にご支援させていただいた企業様の中にも、初期立ち上げの段階で求められる成長スピード、プロダクト開発に費やせる時間、PMFをしているターゲットの業界…などの条件を勘案した結果、多くの場合、単純なPLGモデルでは狙った成長が実現しえないことが実例として分かってきました。

このように、日本においてはPLGモデルが成立しやすい環境は現状未だ整っていないため、製品主導のオンボーディングだけでは見込み顧客を大量に逃してしまう傾向にあり、より一層セールスチームの補助が求められるのです。

十分な開発期間や顧客の声を集めきれず市場に出してしまい、一定のマーケリードをもとにある程度の売上は立つものの、後発企業に一気に市場をとられてしまう...

日本のSaaSを展開する企業の多くが陥りがちな上記の状況を避けるためにも、セールスチームを目的ごとに設け、製品と人の双方向を起点としたグロースを行うことが求められているのではないでしょうか。

まとめ:PLG企業におけるセールスの立ち位置

今回の記事を要約すると以下の通りです。

1.多くのPLG企業がセールス採用に力を入れるようになっている
2.PLGモデルは必ずしも万能ではなく、セールスの補完によって初めて
   より多くの、より価値の高いターゲットにサービス価値を伝えられる
3.日本は製品主導の拡大の障壁が多く、事業フェーズの初期においても
 
  セールスの重要性が高い

最近のSaaSはどれも画期的かつ魅力あるものが多いので、自社サービスの価値を市場に伝搬するためにも、より一層最適な市場開拓方法の推敲が求められています。群雄割拠な市場の中、自社に適する販売戦略を立てるにあたって、この記事が少しでも参考になりましたら幸いです。

余談ですが、日本におけるPLGモデルの成功例として、Chatworkの事例もありますので、折を見てChatworkの企業戦略の素晴らしさについても触れさせていただければと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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