COLUMN
【LiB Mobility経営 vol.6】
パーソナルモビリティで創る地域の未来像
WHILL(ウィル)は、近距離モビリティ(次世代型電動車椅子)「WHILL」の開発・販売と、パーソナルモビリティを使用するMaaSの提供を行う会社。「人生100年時代」に向かう社会の中で、長距離歩行に困難を抱える高齢者や、運転免許書の返納で移動手段を失う人が増えていくと考え、免許書なしで乗れるパーソナルモビリティの開発に取り組んできた。また、WHILLの販売では自動車ディーラーと協業し、各社ショールームにて展示と試乗を実施。近隣社会への貢献やSDGsに取り組む地域密着型の自動車ディーラーとともに、移動弱者が少ないまちづくりを目指している。代表取締役社長CEOの杉江理氏と日本事業本部 執行役員 本部長の池田朋宏氏を迎え、パーソナルモビリティを通じた自動車ディーラーとの協業について話を伺った。
「ラストワンマイル」を埋めてQOLを向上
LiB WHILL様は、パーソナルモビリティ「WHILL」の生産と販売やサービス事業を展開しています。事業開始の背景について教えてください。
代表取締役社長CEO 杉江 理 氏
杉江 代表取締役CEO(以下、敬称略) リハビリテーションセンターで出会った車椅子ユーザーの方から、「100メートル先のコンビニに行くのを諦める」「外出を諦めたくなる」といった話を聞いたのがきっかけの一つです。これを気に画期的なモビリティは作れないだろうかと考えるようになり、週末に仲間と集まって、いろいろなプロダクトを作りはじめました。WHILLはその中の1つです。その後2011年の東京モーターショーに出してみたところ。想像していた以上の反響があり、パーソナルモビリティが望まれているのだとわかりました。そこからさらにプロダクトの試行錯誤を重ねて、2年間ほどかけて事業としてスタートすることになりました。
LiB WHILLのユーザーはどのようなベネフィットが得られるのでしょうか。
杉江 WHILLは歩道で使用する近距離移動のモビリティで、自宅からバス停や駅から最終目的地までといった既存の交通サービスでは対応しきれない「ラストワンマイル」を埋めることができます。ここが埋まることにより、利用者は行動範囲が広がり、諦めていた場所に行けるようになります。外に出ていく機会が増えたり、友人などと会う機会が増えるなどして、QOLが向上しますし、人が街に出ることによって地域コミュニティの活性化にも結びつきます。当社も参加した経済産業省の実証実験によると、55歳の方々では、自分で自由に移動できるようになることで、自分に自信が持てると感じた人が8割以上にも及びます。これからの高齢化社会を見据えると、パーソナルモビリティの利用やパーソナルモビリティを取り巻くサービスの拡充がさらに重要になると考えています。
LiB パーソナルモビリティによってモビリティ事業のどのような課題が解決できそうですか。
杉江 まずは安全な近距離移動のソリューションを提供することができます。65歳以上の人では約1,000万人の人が近距離意向で困っているというデータがありますので、既存の交通サービスでは埋められない100mから1kmくらいの移動ニーズに応えることができます。
また、高齢化という点では免許返納の問題があります。高齢になるほど運転のリスクは高くなりやすいのですが、運転免許書を返納すると移動手段がなくなり、家にこもってしまう人も増えます。返納後の移動手段となるものが無い状況の中で、WHILLのようなパーソナルモビリティは、自由で快適に近距離の移動ができる人を増やしていくことができると考えています。
LiB 免許返納を検討している人や返納を勧めたい家族に向けた新しい選択肢になるわけですね。
執行役員本部長 池田 朋宏 氏
池田 執行役員本部長(以下、敬称略) はい。車社会の地方では、移動手段がなくなるという理由で返納に踏み切れない人がいます。一方の家族も、高齢の家族が運転を続けることを心配していますが、移動手段の事を考えて強く勧められない人がいます。その葛藤があってなかなか返納が進みませんし、返納するかどうかを巡って家族間で衝突してしまう事もあります。現状、社会においては免許返納はネガティブに捉えられることが多いのです。ただ、「人生100年時代」とも言われる時代において、長生きする人は誰にでも免許返納のタイミングが訪れます。80歳で返納しても、まだ20年あります。その時間を楽しく過ごすというポジティブな視点に立って、新たな移動手段を検討していくことが大事です。
LiB 免許返納を支援する取り組みなども行っているのですか?
池田 自動車ディーラーと一緒に行っている取り組みとして、自動車ディーラーでWHILLを購入していただいた方々に対して、運転感謝状を作ってお渡ししたり、納車式をするといったことを行っています。
LiB 運転感謝状とはどのようなものですか。
池田 今まであらゆる場所に送り迎えしてもらっていた子供世代の方から、免許返納した親世代に向けて感謝のメッセージを書き、お渡しするものです。これには実はモデルになった方がいます。高齢になったお父様が免許返納をなかなか決断できず、息子さんも強く勧められずにどうしようかと迷っていました。その時にちょうどWHILLを知り、お父様も「これはいいね」と感じて、免許返納に至ることができました。息子さんとしては、返納を勧めて口論になったことへの後悔や、自分の提案で免許証を返納させたことへの罪悪感のようなものがあったそうです。そこで、家族で「送り迎えしてくれてありがとう」「これからもたくさん出かけよう」と書いたメッセージを書き、お父様にお渡ししたという話です。我々はこの話に感動して、できるだけ多くの人に知ってもらうため、運転感謝状を授与することで免許返納をポジティブなものに変えようという取り組みにしました。
自動車ディーラーと地域貢献の意識を共有
LiB 市場展開では、自動車ディーラーとの協業でパーソナルモビリティの提案を行っています。協業する自動車ディーラー側にはどのような思いや狙いがあるのでしょうか。
池田 自動車ディーラーは車を扱いますので、免許返納のタイミングで顧客との関係性が切れてしまうことが多いといえます。しかし、免許証がいらないモビリティであれば関係性は長く続きます。車の販売ではつながりがなかった全く新しいお客様にもアプローチできます。そのような点は自動車ディーラーにとってのメリットになるだろうと思っています。
また、自動車ディーラーは地域密着型の事業ですので、地域貢献の観点でWHILLに関心を持っていただくケースもあります。
LiB 地域の高齢者の移動ニーズに応えていくために、自動車以外のラインナップも拡充させていくようなケースですね。
池田 はい。その点でもう1つキーワードと言えるのがSDGsです。自動車ディーラーの中にはSDGsの取り組みに熱心な企業があり、例えば「3・すべての人に健康と福祉を」や「11・住み続けられるまちづくりを」といった開発目標を達成するために、当社に声掛けてくださることもあります。当社も高齢者の方々に向けた移動サポートによって健康に過ごしてもらいたいと思っていますし、住み続けられるまちづくりという点では、自動車ディーラーを通じて地域の施設などにWHILLを貸し出してもらい、移動ニーズに応えていく取り組みも推進しています。
LiB 自動車ディーラーからはどのような反応がありますか。
池田 自動車ディーラーは基本的には車を販売する会社ですので、車を見に来た人にWHILLを提案することでお客様の機嫌を損ねてしまうのではないかという声がありました。ただ、一方では適切なタイミングで提案でき、お客様に喜ばれたという声もいただいていますし、その結果として長期的な関係を築きつつあるという声もいただいています。また、高齢者が移動弱者になりやすく、免許返納問題が深刻化しやすい地方など、WHILLはメディアでも取り上げられる機会が増えます。そのような場を通じてSGDsの取り組みを発信しやすくなったという声もいただいています。
LiB 自動車ディーラーとの協業でハードルとなる事はありましたか。
池田 特に感じていません。自動車ディーラー側には前述したようなお客様と長期的な関係を築けるといった効果が見込めますし、我々としては、自動車ディーラーとの協業がより多くの人にWHILLを知ってもらう機会になっています。WHILLは福祉製品として流通してきましたため、利用を検討している人がいても試せる場所がないという課題がありました。その点、ディーラーは展示も、試乗もできます。
LiB メンテナンスなどは自動車ディーラー側で行うのですか。
池田 はい。我々はメーカーとしてWHILLのメンテナンス情報などを共有しますし、技術者を自動車ディーラーに派遣し、トレーニングなどを通じてディーラーでメンテナンスできる体制を一緒に作っています。自動車ディーラー側にはサービススタッフが不足しているという事情がありますが、国家資格者である自動車ディーラーの車検整備士を含め、一丸となってメンテナンスに当たっていただけると、ユーザー側には同レベルの高い安心感を与えられると思っています。
LiB 今後の販売戦略について教えてください。
杉江 我々はメーカー努力として、より多くの人にWHILLを知ってもらい、自動車デイ―ラーで試乗できることを周知していきたいと思っています。直近の予定としては、WHILLを扱ってくれている自動車ディーラーと共同で、人生100年時代を見据えた新しい移動手段の提案や、免許を返納した後でも乗ることができるモビリティを用意するといった取り組みを行っていきたいと考えています。
また、パーソナルモビリティの需要を生み出している高齢化の問題は日本だけではなく、世界の先進国に共通しています。そのため、既に23の国と地域で展開していますし、これまで海外の空港でも自動運転モビリティの実証実験を行っています。
LiB 企業としてはどのような会社を目指していますか。
杉江 当社は革新的な近距離移動のソリューションを提供する会社を目指しています。現状はWHILLというハードを提供していますが、今後はソフト分野でもソリューションを提供していきたいと考えています。あらゆる移動の場面において移動がシームレスになることが重要で、そのための手段はハードでもサービスでもITシステムでも良いと思っています。
LiB 貴重なお話、ありがとうございました。
- UPDATE
- 2021.09.09