- 経営戦略
アンゾフの多角化戦略とは
アンゾフの多角化戦略とは、1960年代に提唱された経営戦略のための戦略フレームワークです。1957年に提唱された理論ですが、その考えは現代のビジネス業界でもたびたび用いられます。
ビジネスの変化が早い現代では、既存の事業が数年で廃れてしまうケースがあとを絶ちません。そのため多くの企業は事業を多角化して収益増大や生き残りの戦略を図っています。未介入市場への進出やノウハウのない事業は企業にとってハイリスクです。しかし多角化に成功すれば、収益の増大やリスク分散など多大なメリットを享受できます。
アンゾフの多角化戦略とは
アンゾフの多角化戦略とは、経営学者のイゴール・アンゾフが提唱した新規市場に参入するうえでの戦略フレームワークです。多角化とは、現在企業が属している市場、製品とは異なる分野へ事業展開することで、経営戦略のなかでもハイリスクハイリターンな戦略として位置付けられます。
例えば、外食産業メーカーがテーマパーク事業に参入したり、自動車メーカーが航空部品事業に手を出したりするのは多角化戦略の1つです。
企業経営における戦略を、アンゾフは以下のように分類しています。
現製品 | 新製品 | |
---|---|---|
現市場 | 市場浸透 | 製品開発 |
新市場 | 市場開発 | 多角化 |
多角化戦略は、新市場×新製品の組み合わせにあたります。ほかの戦略と違い、実現までにかかるコストが大きく、失敗するリスクも大きいのが特徴です。その代わり、成功すれば既存事業とのシナジーやリスク分散など、多大なメリットを享受できます。
拡大化と多角化の違い
多角化と拡大化では、成果となる物の質、量がともに違います。拡大化とは現在属している市場における既存製品のシェア拡大や新製品によるシェア獲得です。
例えば、工業製品を販売しているメーカーが新しい工業製品を開発すれば、それは拡大化戦略といえます。
対して多角化戦略は、現在属している市場とは別の分野でシェア獲得を目指す戦略です。例えば、工業製品の販売メーカーが食品の店舗展開をすれば、それは多角化戦略といえます。
アンゾフについて
イゴール・アンゾフ(1918-2002)は、アメリカの数学・経営学者です。「アンゾフの成長マトリクス」、「戦略は組織に従う」など、現代の経営戦略でも用いられる分析フレームワークや命題を生みだしました。経営の世界では戦略経営の父と呼ばれるほど、数々の功績を残した人物です。
多角化戦略の分類
アンゾフ氏の提唱した多角化戦略は、主に以下の3つの方向性に分類されます。
- 水平的多角化
- 垂直的多角化
- 集成的多角化
多角化戦略は、新市場×新製品の事業展開をおこなうものですが、ノウハウの扱いや製品の類似度、市場との関連性などさまざまな要因によって分類されます。
水平的多角化
水平的多角化とは自社で培ったノウハウや技術を関連性の高い市場に応用して新製品を開発する戦略です。既存市場と類似した市場を対象に、水平的な事業展開を実施します。既存の流通経路やノウハウが使えるので、多角化戦略のなか中でも比較的コスト、リスク共に低い戦略です。お互いの市場や製品に好影響を及ぼすシナジー効果が望めます。
例えば、テレビ製造メーカーによるブルーレイレコーダーの開発、和食の飲食企業による中華事業の店舗展開などは、水平的多角化にあたります。
垂直的多角化
垂直的多角化とは技術関連性は低いがマーケティング的な関連性が高い多角化戦略のことです。流通経路の上流や下流に向けて事業を展開するパターンです。
既存の技術やノウハウが効きにくい分野に参入するので、水平的多角化よりもコスト、リスク共に増大します。ECサイトによる店舗販売の開始、自動車メーカーによる部品の内製化など、バリューチェーンのどこかに対して事業を展開します。
垂直的多角化のメリットはコストの低減です。これまで外部業者へ任せていた製造や流通チャネルを自社で賄うことで、長期的にかかるコストを削減できます。それにより競合よりも製品を安価で提供するなど、事業の柔軟性も生まれます。
集成的多角化(コングロマリット多角化)
集成的多角化(コングロマリット多角化)とは技術、ノウハウ、バリューチェーンすべてにおいてまったく関連性のない市場へ進出するパターンです。多角化戦略のなかでももっともハイリスクな戦略です。
集成的多角化をおこなうメリットはリスク分散です。あえて異業種に参入することで、どれかの収益が減少しても、ほかの事業が企業を支えてくれます。その代わり、進出する市場に成長性はあるか、リスク分散としてふさわしい市場かを精査しなければなりません。
例えば、日本酒メーカーが化粧品事業を展開したり、外食企業が保険事業に進出したりするのが集成的多角化にあたります。
多角化によるメリット
多角化はコスト、リスクのかかる戦略ですが、成功によるメリットは計り知れません。多角化による主なメリットは以下の4つです。
- 資源の有効活用
- リスクの分散
- 他事業とのシナジー
- 範囲の経済効果
多角化がもたらすメリットは企業の成長性を促すだけでなく、企業が市場で生き残るためにも役立ちます。
資源の有効活用
多角化戦略では、自社で蓄えてきた経営資源を有効活用できます。人材やモノ、知的財産をほかの事業に転用することで、企業の更なる飛躍が可能です。どの企業でも、なにかしら持て余している資源がどこかにあるものです。それは土地や建物に限らず、ヒト、モノにも当てはまります。
サッカースタジアムを運営している会社が、試合の予定がない日にアーティストのライブイベントでスタジアムを貸し出すビジネスを展開すれば、収益の機会が増やせます。これも資源の有効活用の事例です。
リスクの分散
事業を複数展開することによって、事業の業績が悪化してもほかの事業の収益でカバーできるのもメリットです。これをリスク分散やポートフォリオ効果と呼びます。
経済の世界では「卵は1つのカゴに盛るな」という格言があります。収入源が単独だと、それが悪化すればすべてが御破産になってしまうという意味です。
時代の流れによって製品の売れ行きは絶えず変動します。今は調子がいい事業も数年後にはまったくお金にならないというケースも少なくありません。多角化戦略は企業の生き残り戦略でもあるのです。
他事業とのシナジー
マーケティング的、技術的関連性のある多角化は、事業同士のシナジー効果を得られます。流通経路に新事業を参入させてコストの低減ができる生産シナジーや、製品同士がブランド力の向上に貢献する販売シナジーが代表的です。
範囲の経済効果
範囲の経済とは、1つの企業が複数の事業を手がけたほうが、それぞれの事業が独立しているときよりもかかるコストが安く済むという効果です。既存の事業で蓄積させてきた資源は、事業内容によっては共有資源として活用できます。範囲の経済効果では、既存の事業によって生まれた利用資源はもちろん、使わなくなった未利用資源も含まれます。
例えば、本の販売を営む企業が多角化戦略でインターネットショッピング事業を展開した場合です。本の販売で培ってきた流通経路や倉庫が共有資源として存在するので、インターネットショッピング事業の環境整備にかかるコストが、結果として安く済みます。
多角化戦略に有効な4つの手法
実際に多角化戦略を実施するにあたって、有効な具体策として挙げられるのは以下の4つです。
- M&A(買収、合併)
- アライアンス
- 社内開発
- 社内ベンチャー
資金力がある、もしくは小規模な多角化を実施する場合は自社の力だけでできます。しかし、資金力に乏しい、もしくは参入事業の規模が大きい場合ではカバーしきれません。その場合、多くは企業同士で資本提携するか、子会社や競合と合併する手段が講じられます。
M&A(買収・合併)
M&Aとは他社の買収によって、2つの企業を1つに吸収させる手段です。既にビジネスとして成り立ってる事業同士が統合されるため、多角化における事業失敗のリスクを低減できます。また、吸収会社が持っている経営資源の獲得も特徴です。
成功には買収できるだけの資金力はもちろん、PMI(経営統合作業)に多大な労力が必要です。マーケティング、技術的に関連性のある企業同士ならある程度ノウハウを共有できますが、異業種同士の場合は組織力低下のリスクがあります。
アライアンス
アライアンスとは、企業同士がなんらかのメリットを目的として協力体制を組むことです。M&Aと違い、資金力がなくても実施できます。
アライアンスにはお互いの資本を活用できる資本提携と、業務上の協力体制を構築する業務提携、または、その両方を提携する資本業務提携の3つが存在します。
自社で新規事業を展開するのと違い、コストをかけずに外部の資本やノウハウを活用できるのがアライアンスの最大のメリットですが、自社の技術やノウハウが流出するおそれもあるので、提携先の企業は精査しなければなりません。
社内開発
社内開発とは、社内の現体制のみで新規事業を展開する方法です。立ち上げまでのスピード力はありますが、成功までに多大な労力と時間を必要とします。
M&Aやアライアンスなど他社の資源を活用する方法と違って、技術やノウハウが流出しない、また利益を独占できるのがメリットですが、多角化にかかるコストは当然自社で賄わなければなりません。自社の資源を有効活用できる水平的多角化に用いられる手法です。
社内ベンチャー
社内ベンチャー(社内起業家)とは社内での新規事業でありながら、他部門と完全に独立した形で事業展開する方法です。主に新たなビジネスモデルを創出する集成的多角化を実践する場合に用いる多角化です。
ハイリスクハイリターンな手法ではありますが、展開に成功すれば受けられる恩恵を自社だけで独占できます。収益面だけでなく、社員のモチベーションアップや事業のマンネリ化解消にも効果的です。
まとめ
アンゾフの多角化戦略とは、企業が新しい市場、新たな製品にチャレンジするための戦略フレームワークです。多角化は収益の増大が目的ではなく、リスク分散による生き残り戦略の側面ももちわせています。
ただし、多角化には一定のリスクが伴います。多角化に使える自社のコアコンピタンスや現事業との関連性、参入市場の成長見込みなど、1つ1つを精査しなければなりません。最適な多角化にはフレームワークに基づいた高度な戦略が必要です。