- 営業戦略
変革の舞台裏CASE-4 営業改革に取り組む営業企画部長の苦悩
登場人物
営業企画本部長 大野 大介
●営業企画本部の責任者、50代前半
●社内でトップセールスとして実績を残した後、5年前に企画部門へ異動
●社長直下で、営業改革に取り組む
●合理主義で、効率性を重視する
営業部長 野田 啓二
●営業部門の責任者、40代後半
●新卒で入社以来、営業部門にて数多くの結果を残す
●自身もプレイングマネージャーとして多数の顧客を抱えている
●人情深く、保守的で伝統を重視する
企画推進に悩む営業企画本部長
「営業の現場は、この半年間、結局何も変わっていない…」
営業企画本部長の大野は、副本部長と酒を飲みながら話す。
「今回の方針を全体会議で広報してから約半年経ったが、この半年の実績を分析してみても、それほど顧客構成は変わっていない。実際に数字を見てみると、むなしいものだ。」
同社では、準大手企業を攻略するため、カスタマイズサービスのパンフレットを作り、ターゲットとする企業も決め、リストを渡していた。また、営業スタッフ1人当たりが抱える既存顧客数も非常に多く、対応で忙しいことも分かっていたため、それを軽減できるように新人営業スタッフも積極的に採用していた。
「実際に今、営業スタッフがやっていることは、御用聞き営業に過ぎないですね。ただお客様から要望を伺い、技術部門へ対応の依頼を出しているだけ。そんな仕事だったら、新人営業スタッフでもできるはずですよ。力のあるスタッフが多いわけだから、準大手企業向けに、提案営業をもっとやっていけるはずなのですが…」
副本部長もため息をつきながら話した。彼らの企画はこの半年間、うまく推進されておらず、準大手企業向けに実績を上げているメンバーは、以前のままごく一部に限られてしまっていたのであった。
過去のクライアント対応を重視する営業部長
「大野本部長は、現場のことを全然分かっていない。もともと、営業出身の方のはずなのに、企画の仕事ばかりしていると、こうなってしまうものなのか…」
部下の同行営業を終え、コーヒーを一杯飲みながら、野田はため息をつく。
「確かに今、私が抱えているクライアントでも昔と比べて売上が少ない企業はあるが、昔ほどネットに広告宣伝費を使わなくなったから仕方ない。ただ、以前会社が苦しかったときに支えてくれたお客様だし、ないがしろにするわけにはいかない。もちろん、お客様のランクを分ける重要性は理解しているし、そうしたいのは山々だが、現実は違う…」
現場の最前線で動いている部下も、うなずきながら話す。
「そうですよね。確かに、これから規模の大きな企業を攻略しなくてはいけないのは分かっていますが、実際のところ、既存のお客様からもたくさん仕事は頂いているわけですし、うちへのロイヤリティもあるわけだから、放っておいてもどんどん依頼が来ます。確かに1件当たりの売上は小さいかもしれないですが、付き合いの長いお客様ですし、しっかり対応しないといけない。その対応だけであっという間に一週間が過ぎてしまいます。若手スタッフを増やしてくれたことはうれしいですが、いきなりすべては任せられないですね。長い付き合いがあるので、私に依頼が来てしまいますし。私でないと対応できないと思うんです」
実際、現場スタッフは既存顧客の対応に追われ、残業が常態化し、手一杯の状況であった。また、マネージャー層もプレイングマネージャーとして自身の顧客を多数抱えているため、同様の傾向にあった。
「それに、私たち中堅メンバーのレベルで言うと、準大手向けにカスタマイズサービスを提案できる力は、実際のところ十分とは言えません。本部からやれと言われても、どうやったらいいのか、分かっていないのが現状です。攻略が得意な石澤課長にやり方を教わろうとはしていますが、なかなか難しくて…。それに、結局営業は売上で評価されるわけですから、今のお客様からの売上がなくなるのも怖いですし」
野田は部下の言葉にうなずいた後、次の商談の準備に話題を移した。
解決すべき課題と対策の方向性
現状の整理
顧客をランクに分けて管理し、重点顧客ターゲットにリソースを集中したい営業企画と、既存顧客対応に追われる営業現場。よく発生しがちな問題であるが、同社では以下のような状況に陥っていた。
営業変革を阻むハードル
同社におけるハードルとしてまず考えられることは、営業担当の心理的ハードルである。現場レベルでは顧客関係性を重視し、かつそれを過大評価し、自身でないと関係性は維持できないと考えるため、既存顧客対応へのリソースを減らすという決断はしにくい。また、既存顧客からの売上が落ちることに対する不安もある。ただ一方、このようなケースでそれ以上に注意しなくてはならないのは、上位の顧客ターゲット層においては、競争環境が激化するという点である。これまで対象としてきた中堅企業マーケットでは、競合が少ないか、強い競合が存在しなかったというケースが多いが、上位層がターゲットとなると、競合他社のレベルも高く、すでに長い付き合いが発生している可能性も高い。
このような状況下で提案型営業を進めようとしても、競合からの切り替えに際しスイッチングコストが発生するため、相応のメリットがないと切り替えには至らない。同社の扱うWEBシステムは、特にこの傾向が強いと想定される。一部のトップセールスがうまくいっているとはいっても、先行者利益で入り込めただけだった可能性もある。むやみに新ターゲットをせめても営業改革は進みにくい。
営業改革を推進するためのステップ
そこで考えるべきは、新ターゲットを攻略するための「切込商品」の存在である。切込商品とは、未取引企業に対し、自社との取引口座を開拓するためにフックとなる商品のことである。競合他社が多数提供する「シェア奪取型商品」ではなく、他社が提供しない、顧客の潜在ニーズに応える「需要創造型商品」であることが理想である。この武器があると、競合との比較にならず、スムーズに導入を頂ける可能性が高い。まずはターゲットの口座を開き、担当者と人間関係を築きながら、本命商品の切り替えを狙うシナリオである。
以上を踏まえると、以下のような変革ステップが一つのアプローチとして考えられる。
①切込商品とターゲットセグメントの設定
切込商品となり得る商品と、潜在ニーズがあると想定されるターゲットを選定することがファーストステップとなる(場合によっては切込商品の開発からスタート)。
②需要創造型商品のための営業手法確立
これまで御用聞き営業をしてきた営業スタッフが、いきなり需要創造型商品を販売しようとすると失敗する可能性が高い。相手の要望を伺う営業から、相手の潜在ニーズを引き出す営業に変わるからである。需要創造型の営業手法を習得するため、徹底的なトレーニングが必要となる。
③営業担当の心理ハードルの解除
最後に、営業担当の心理ハードルを解除することが求められる。やるべきことはいくつかあるが、特に重要となるのは、対応のリソースを変える顧客の選定と対応を、トップダウンで進めることである。同社では、これまで御用聞き営業に徹してきたスタッフが多く、クライアント企業の言いなりになっている可能性も高い。その関係性で、現担当から若手に対応をシフトチェンジするという依頼は切り出しにくい可能性が高い。本人対応でなく、組織的な対応が求められるのである。