2019.03.04

「隠れたキーマンを探せ! データが解明した 最新B2B営業法」出版記念対談

アカウントが増えても収益化できない現実

神田:デジタル変革に取り組む会社が増えている一方で、期待した成果が得られないと悩む企業も多く存在しています。リブ・コンサルティングさんにもそのような相談やコンサルティングの依頼が多いのではないでしょうか。

 

権田:はい。特に苦労しているのが、大手企業に向けた営業に取り組むベンチャー企業や中小企業です。ベンチャー企業などでは、もはや足で稼ぐ時代ではないと考え、コンテンツマーケティングを手がける会社が増えています。

しかし、実はその成果が厳しく、小口のアカウントがたくさん集まるのですが、大手企業や大口の成約につながらず、収益化に苦しんでいます。

 

神田:ベンチャー業界では、ゼロから新しいものをつくるのではなく、良いものを真似して無料で提供する成功例が結構ありました。この方法は、一時的にはアカウント数を増やす効果があるのですが、そういったアカウントの積み重ねでは収益化できません。

それを実証したのがフリーミアム経済でした。小口アカウントが増え、やればやるほど忙しさだけが増していく中で、ベンチャー企業は今までやってきたことを否定されている感覚を持っているかもしれません。

 

権田:そういう状況を変えていくためにも、「5.4人の購買決定者」を意識する必要があるわけですよね。

 

神田:そうですね。書籍(『隠れたキーマンを探せ! データが解明した最新B2B営業法』)にもある通り、BtoBソリューションの購入判断には平均5.4人が関わるというデータがあります。当然、関わる人が増えるほど成約率は低下し、1人を落とすだけなら81%の確率で成約につながったものが、2人目が関わると55%となり、5.4人となる頃には1人目の半分以下になります。

そういう環境の中では、誰と接するかが重要になります。購買決定の影響力を持つモビライザーを見つけ、接すること。そして、その人から相手の会社の課題を聞き出すこと。それが大手に向けた営業のポイントだと思います。

 

権田:その話を読んで、私は引き算の発想に近いと感じました。モビライザーに目を向ける営業は、顧客が抱える課題にダイレクトにアプローチします。無駄話する必要がなく、結果として成約までにかかる労力も少なくなるという点で、引き算なのだなと思ったのです。

 

神田:そうかもしれませんね。相手の課題を聞き出すためには、顧客が自分のビジネスに関して意外な視点を持てる情報などを提供する必要があります。これをコマーシャルインサイトと呼ぶわけですが、そのやり方に変えない限り、収益性を高めることは難しいだろうと思います。

コンテンツマーケティングの考え方でコンテンツを量産することはできますが、それは突き詰めていえばシャドーボクシングと同じなのです。そもそも、成約を100%としたとき、顧客がサプライヤーと接するのは57%くらいまで検討が進んだ状態だと言われます。この段階では、すでに顧客の社内で議論が終わっていて、あとは価格くらいしか議論する余地がありません。仮に技術などの面で優位性がある商品だったとしても、他社が似たような商品を3分の1の値段で持ってくるような状況では売れないわけです。

一方、顧客の社内での意思決定が行き詰まるのは37%の段階で、ここで平均5.4人の関係者が買うかどうかを議論します。その段階から入りこむ方法は1つしかなく、それがコマーシャルインサイトです。コマーシャルインサイトを通じて顧客が解消したがっている課題の想定が必要です。

ニュースバリュー型営業で止まっている

権田:ベンチャー企業の営業現場では、コマーシャルインサイトの考え方と自分たちの日々の営業が結びついていない人が大半のように感じます。大手にアプローチできないのも、そこに原因があるのではないかと思います。

 

神田:コマーシャルインサイトという概念そのものが進化していますから、自分の仕事とのつながりを理解するのが難しいのかもしれませんね。実際の営業現場ではどのような営業が行われているのでしょうか。

 

権田:ニュースバリューがある情報を伝えることによって営業している会社が多く、先ほど挙がったコンテンツを量産する方法もそのタイプと言えます。

その一方で、一歩抜け出ているのが、新しさを打ち出すだけでなく、今までの構造を破壊するといったメッセージを打ち出している会社です。そういう会社は、企業理念が型破りなケースが多いので、パラダイムシフトを与えてくれそうという期待が契機となって成果を挙げています。

 

神田:割合はどれくらいなのでしょうか。

 

権田:2割くらいではないでしょうか。残りの8割はニュースバリュー型の営業か、その手前の段階にいると感じています。ただ、いずれにしても、購入者の課題や、その課題をどのように解決するかを考えるアプローチではありません。

課題がつかめたとしても、大手企業が求めるのは課題解決に向けたディスカッションができる相手ですから、そういう場ではニュースバリュー型の営業が通用しませんし、そもそもそのタイプの営業は求められていないという問題があります。

 

神田:ディスカッションパートナーとして成り立つかどうかが重要になるのであれば、ニュースバリュー型の営業も今後はコモディティ化していく可能性がありそうですね。

 

権田:そう思います。営業スタッフ個々の能力という点から見ても、現状は会社がニュースバリューを用意してくれますし、サムシング・ニューを与えてもらって営業している状態です。そのような環境の中では、若い営業スタッフの営業力を伸ばしていくことも難しいのではないかと思います。

顧客の課題発見が良質なアカウント獲得のカギ

神田:複数の会社が1つのポジションを席取り合戦していくトレンドの中では、営業スタッフが何を伝えられるかが問われていくでしょう。

現場の営業スタッフの中にもコマーシャルインサイトを見出せる人がいるように思いますが、そういう人がニュースバリュー型の営業に終始してしまうのは、経営のトップや幹部がコマーシャルインサイトの重要性を認識していないからかもしれません。

 

権田:その可能性はあります。だからこそ、コマーシャルインサイトの重要性をより多くの人に認識してほしいです。

 

神田:そうですね。ゼロックスの取り組みなどが良い例になるかもしれません。

ゼロックスは学校向けにカラープリンターの営業をしていたわけですが、他社製品より性能が良いにもかかわらず、なかなか成果が出せずにいました。そこで、性能面の優位性で売ろうとするのをやめ、顧客がどんなことに関心を持ち、何に悩んでいるのか探ることにしました。つまり、インサイトに目を向けたわけです。

その結果、生徒が勉強に集中できず、理解力が低下している問題や、その現状を現場の先生たちが悩んでいるといった事実が見えてきました。

 

権田:ゼロックスは、その課題を解決しようと取り組み始めるのですね。

 

神田:そうです。調査の結果、色彩を工夫することで集中力が77%も向上することがわかりました。そこで、ゼロックスは子どもたちの集中力を高める取り組みをしている、集中力の問題は色彩によって解決できるというメッセージを打ち出します。結果、購入者である学校の評価が代わり、成約率が高まったのです。

 

権田:同じ製品でも売り方を変えることによって成約率が変わります。その好例と言えますね。

 

神田:もう1つ似た例があります。レストラン向けに油の濾し器を製造、販売している会社の話です。この濾し器は15年ほど前からある商品で、油のリサイクルで経費削減でき、酸化を防げるため油の味が劣化しません。営業もその特徴がわかっていますから、機能性を打ち出して売っていたわけです。ところが、必ずしも機能性で売れていたわけではなかったのです。

濾し器がない厨房では、使い終わった熱い油を裏まで運ぶ必要がありました。油は重いし、危険な作業です。体が小さいアルバイトの女性などもこの作業をしますし、それが嫌で辞める人もいました。そこで、ある大手レストランチェーンの社長が、従業員が安全に働ける環境を作りたいと考えます。その結果として開発されたのが、この濾し器だったわけです。

そこをコマーシャルインサイトにして営業方法を変えたところ、販売先が一気に広がりました。コマーシャルインサイトにより、顧客の濾し器を見る目が変わりました。社員たちも、濾し器が開発された背景を知ることで、自分が売っている商品を見る目が変わったのです。

権田:売ることをゴールにしていない会社の方がインサイトを見出しやすいのかもしれませんね。目の前の顧客や商品ではなく、その先にいる人や、未来を見ることができれば、顧客と同じ立ち位置から、同じ方向を向くことができます。結果、コマーシャルインサイトも見出しやすくなるのではないかと思います。

われわれが支援している業界だと、住宅業界がそのパターンに近いかもしれません。住宅販売の営業では、夫婦や家族の意見を取り入れながら一番いい間取りを一緒に考えていきます。顧客である家族とディスカッションしながら営業するプロセスは、インサイトを見るBtoBの営業に近いと感じます。

 

神田:顧客の課題を見つけ、解決するという点から見れば、コマーシャルインサイトはコンサルタントの仕事にも共通するところがあると思います。

 

権田:はい。われわれの業務を例にすると、クライアントに向けた提案書の中に「弊社の理解」という項目があります。支援先となる会社のことを、われわれがどういう風に見ているかを書く項目です。また、クライアントの理解を深めるために、クライアントのお客様にインタビューし、クライアントの商品を使っている人がどんな価値を感じているかについて探ることもあります。

価値が理解できていない状態ではマーケティングも営業支援もできません。「弊社の理解」がわれわれにとってのインサイト探しのスタート地点になっていると感じます。

 

神田:それは面白い仕組みですね。自社のコマーシャルインサイトを見出せば、営業が誇りを持って売れるようになりますし、社員たちの一体感も増すと思います。ただ、自分で自分を見るのは難しく、当事者だと自分たちが持つ価値が見えづらくなります。

その部分を支援できるのがコンサルタントですよね。自分の会社や商品のコマーシャルインサイトを理解すれば、今よりも売れるようになります。そこに気づかないのはもったいないですし、不幸だなとも感じます。

 

権田:営業の観点から見ると、飲み営業に代表されるような人間関係構築型の営業があり、その後、説得型の営業が売れるようになりました。ただし、その方法はコモディティ化につながるため、どこかでやり方を変え、コマーシャルインサイトによって顧客の目線や認識を変える意識変革型の営業になる必要があります。

 

神田:そうですね。そのためにもコマーシャルインサイトが重要なポイントになります。例えば「弊社の理解」のようなファシリテーター型のツールを通じ、顧客の意見を吸い上げることがインサイトをつかむことにつながるでしょう。

顧客に提案するソリューションがコマーシャルインサイトになっているかどうか。そこに目を向けることが一段上の営業に移行する第一歩になると思います。

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