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カーディーラーにおける人材戦略再考~2030年に勝ち残る環境・戦略・組織・人材の一貫性~

EXECUTIVE SUMMARY

「最近の若手社員の考えは分からない」「管理職が変化のスピードについていけていない」「次世代経営層が育っていない」、昨今、経営者の方と話をするとこういった課題意識をお持ちの方が非常に多い。本稿ではVUCA(変化が激しく予測不能)とも言われる時代において必要な人材戦略について触れていきたい。

■「優秀な人材」の再定義

まず人材戦略について考える上で重要なのは、自社における「優秀な人材」を定義することである。まず目指すべきゴール像を明確にせずに人材育成や組織・人事制度について検討をしても結論は出ない。

人材や組織について考える際には「環境」―「戦略」―「人材・組織」の一貫性が重要となる。(図1参照)企業は政治・経済・テクノロジー・顧客・業界・競合・労働市場といった様々な環境要因を踏まえて自社に最適な企業戦略を選択している。したがって、自社を取り巻く環境が変化すれば自社の勝ちパターンである戦略も当然変化していき、さらにその戦略を実現していく最適な人材・組織像も変わっていく。

五年前の事業環境は、今とは大きく異なり、十年後の事業環境はそれ以上に大きく異なるものとなる。したがって、過去の延長ではなく、現在・将来の事業環境を正しく把握・予測してどのような人材・組織が必要かを考えていくべきである。

■現状の事業環境と課題

近年のカーディーラー経営における事業環境の変化として、保有台数の成長率の鈍化、平均車齢の高齢化など、市場の成長が鈍化したことが挙げられる。
労働市場においては若い世代を中心とした仕事観の劇的な変化がある。経済的な成功を意識せず、給与・役職等への関心が薄い昨今の若い世代はその渇望感の欠如から「乾けない世代」とも呼ばれる。現状、多くの企業がこの世代への効果的なマネジメント方法の確立を模索している。

また現状~今後3年で非常に重要度が上がっているテーマが「働き方改革への適応」である。2016年9月、内閣官房に「働き方改革実現推進室」が設置されて以来、全産業・全企業が様々な取り組みを推進している。働き方改革の3つの柱の1つである「長時間労働の解消」の実現に向けた生産性向上は不可欠なテーマとなっている。他業界同様に、カーディーラー業界も人手不足・売り手市場の環境下に置かれており、労働市場から継続的に選ばれる企業となるために働き方改革や若手世代のマネジメントは避けられないテーマとなっている。

■人材育成方針と事例

人材・組織の強化に向けた人材育成はスタッフ向けとマネージャー向けに分けて考えられる。スタッフの役割は、活動を通して成果を上げることであり、その教育は①活動に対する目的意識を醸成するマインドセット、②活動を理解し、実践するスキルセットの2つに分けられる。さらにスキルセットでは、基礎能力と実務能力が存在する。

基礎能力は、職種を問わず、仕事をする上で必要な基礎知識の習得・実践であり、他者とのコミュニケーション、自己管理、課題解決等を指し、企業では主にOFFJTを通して強化される。一方、実務能力は、職種毎の専門知識の習得・実践であり、主に店舗等でのOJTを通して強化される。
近年、スタッフ育成における課題として挙げられるのが、スキルセットは習得するが活用が進まず、その原因がマインドセットにあるということである。特に前述の「乾けない世代」と言われる若手層においては、この傾向が強いと言われている。

ここではマインドセットとスキルセットの両輪を鍛えることで人材育成に成功したケースを紹介する。
ある企業ではマインドセット強化に向けて、若手社員に今後五年間のライフプランを作成させ、目標を明確化している。新人の場合、入社時研修にて作成し、内容を人事課責任者がレビュー(チェック&フィードバック)し、今後の活動への動機付けを図る。配属後は、マネージャーが同様にレビューを行い、今後の部門・店舗での成長イメージを共有し、主体的に成長する意欲を醸成している。このアプローチは初期段階だけでなく、月1回ペースで定期面談を実施し、主体的に行動していくためのサポートを行っている。

ポイントは、「なぜこの仕事をしていくのか?」というマクロ視点と「なぜ、この業務をやるのか?」というミクロ視点の2つの視点から活動を意識させ、「WHY」を自身で発見し、行動の原動力となる問いかけを行うことである。

スキルセットに関しては、基礎、実務それぞれの能力が向上しているかを月次レビューにおいてマネージャーが確認し、成長促進を図っている。スキルセットの習得においては既述のマインドセット強化が大きな支えとなっている。

■生産性を考慮した人材育成

働き方改革の実現に向けた生産性向上の流れにおいて最も重要な変化は「優秀な人材」の定義に「時間軸」が明確な形で追加されたことである。これまで組織・人材の評価尺度は台数・売上といった成果量を中心としてきており、優秀な人材の定義も当然この成果量を最大化できる人材から導き出されている。従前は同量の成果に向けて多くの時間を費やすことを頑張りとして評価してきた側面もあり、その効率について関心が薄かったことは否定できない。

企業の短期的な課題として労働市場への適応を見た場合、優秀な人材とは生産性が高く、同量の成果を短時間で達成できる人材と再定義する必要がある。したがって、限られた時間で成果を出す業績マネジメントができ、かつ生産性の高い人材を育成できるマネージャーの育成が求められる。
業績マネジメントにおいては、既存のマネジメント視点に加えて、初回来店から契約までの回数、月度内の店舗・部門における繁閑ギャップ、各スタッフの個別業務完了までの所要時間といった指標を定期的にモニタリングし、時間軸に意識した管理を実施する。

日常の業務マネジメントにおいて生産性向上に非常に有効なのは「ゴールの確認」である。毎朝、業務開始時に当日のスケジュールを確認するのではなく、当日のゴール(果たすべき成果)を確認する。多くの職場で発生しているのはスタッフが週単位・日単位でどのような成果を達成すべきかが曖昧であることから来る非効率である。したがって、ゴールの確認により曖昧排除とともにスタッフ・マネージャー間で目指すべきゴールの共通認識を持つ。またゴール確認の習慣は「ゴールを達成したら今日の業務は完了」を指しており、生産性向上に対する意識の強化にもつながる。

育成マネジメントにおいては、世代間の違いを踏まえて「WHY」を重視したマネジメントが効果的である。多くのマネージャーは、具体的な行動(WHAT)を重視し、実績を残してきた人材である。そのため、コミュニケーションにおいては、「WHAT」のみ、「HOW」のみの指示出しになる傾向にある。一方、若い世代が仕事に求めるものは経済的報酬から精神的報酬に移ってきており、これはつまり仕事・業務に対して如何にして「意味づけ」をできるかにかかっている。したがって、「なぜ必要なのか(WHY) 何をすべきか(WHAT) どのようにすべきか(HOW)」の手順を抑えた伝達がマネージャーにとって不可欠となっている。この「WHY―WHAT―HOW」のステップを踏むマネジメントは一見時間効率を意識した活動と相反するように感じられるかもしれないが、実際は「なぜ必要か、が分からなければ効率的に動けない」というデメリットの方が大きくなっている。

具体的には各マネージャーが、自らの強み、弱みから自己特性を理解し意識・強化すべきポイントを確認することが必要となる。例えば、指示出し傾向が強いコミュニケーションを実施した場合、聴き手は手段である活動を目的化する傾向となる。これにより、聴き手が自ら考える機会を奪い、彼らの成長を遅らせるリスクがある。なかなか部下が育たないというマネージャーの悩みは視点を変えると、部下が自ら考えない指示出しに終始しているとも言える。

とはいえマネージャーが育成スタイルを一朝一夕で変更することは難しく、そのためには以下のような手順が必要となる。マネージャーが①現状の事業環境を再整理し、プロフィットツリーを作成することで、一つ一つの業務と企業成果の結び付きを体系的に理解する(WHYの準備)、②傾聴とアドバイスを通じた動機付けの手法を理解する、③初期段階は対象スタッフを絞り込み、相手に応じて週次、月次で「WHY―WHAT―HOW」による育成マネジメントを実践する、④①~③のステップを実践しての変化・課題をマネージャー間で共有し、対象範囲を拡大して推進をしていく、といった流れである。重要なのは新たな育成マネジメントに向けた変化を各マネージャー個々人の思い込みや考え方に偏らせないことである。

■2030年の事業環境と戦略方針

2030年までを見据えた中期視点からカーディーラー経営を見ると、まさしく不確実性の高いVUCA時代と呼ぶにふさわしく、既存事業は大きな変革の時を迎える。まず業界を取り巻く大きな変化として以下の3つが挙げられる。(図2参照)

 

《デジタル化する顧客》

消費者のインターネットシフトはあらゆる産業に多大な影響を及ぼしているが、

カーディーラー業界においては2030年に向けてより大きな変化が顕在化する。物心ついた頃からインターネットやパソコンがある環境で育った層をデジタルネイティブと呼び、彼らは購買行動においてネットを積極活用する傾向にあるが、この層が生産年齢人口に占める割合は2015年の24%から2030年には51%に上昇する。これにより、自動車販売における店舗販売の位置づけが大きく変化すると予想される。ちなみにインターネットによる自動車販売は海外を中心に急速に進行しており、中国では年間約100万台が店舗を使わずにネット販売によって購入されている。

 

《シェアリング社会の進展》

モノやサービスをシェアするシェアリングエコノミーは自動車業界においてはカーシェア・ライドシェアという形で着実に進行している。消費者側から見たシェアリングエコノミーの最大のメリットはモノ・サービス利用の低価格化にあるため、若年層を中心にシェアリング社会の拡大は避けられない。これにより、自動車は所有の時代から所有&利用&稼働の時代へとシフトし、カーディーラーの収益モデルに変化を与える。

 

《EV化》

技術進展に伴うEV化ロードマップは年々そのスピード感が早まってきており、昨今は中国の新興企業やダイソンに代表される業界への新規参入が目立っている。今後自動車販売における参入障壁の低下は既存のカーディーラーの収益性に多大なる影響を及ぼす。

前述のように事業環境が急速に変化する中、2030年の業界、自社のあるべき姿、それに向けたロードマップを明確に描くことは非常に難しい。現時点で想定される打ち手としては、環境変化を予測し、次代のあるべき姿を描き、自社のコア・コンピタンスを活用した事業の創造を試行することである。

■中期的視点からの人材育成方針

その観点で見ると、カーディーラーにおける優秀な人材の定義の中に、中期的には「新たな事業構造を創造できる人材」が追加される。従前は既存事業を改善していくことで事業の存続と発展を実現していた「改善型人材」に加えて、新たな事業を創造していく「創造型人材」の重要度がより高まってくる。

この「創造型人材」を育成していくためには、従来の改善型人材とは異なる形式の人材育成や組織・人事制度が必要となる。まずは創造型人材に重要と思われる要件を整理したい。

一つ目に挙げるのが、社外に対するオープンなネットワーク構築力である。新たな事業・サービスを創造するにはまずスタート地点として自社の特性を活かしたビジネスアイデアを探索する段階があり、そのためには従前とは異なる視点が必要となる。社内とは異なる視点、専門的視点を持つ外部人材とのオープンなネットワークを構築していくのである。イノベーションとは結合であり、すでにあるものの組み合わせとは言われるが、他業界からの視点で、カーディーラー業界にはない視点に気づくことが事業創造の第一段階とも言える。

続く要件として変化に対しての柔軟なマインドが挙げられる。異なる視点、新たな事業可能性が目の前に現れた時に、自社・自身が変わっていくことに抵抗を持たずに受け入れていくマインドが必要とされる。

最後に挙げるのが前向き思考である。新たな事業創造の成功率は想像以上に低い。また最終的な成功に結び付いた事業においても途中段階において様々な紆余曲折を経ることになる。その過程で訪れる自身の葛藤、周囲からの雑音に対応しながらも着実に事業構築していくにはどんなハードルが発生してもそれを乗り越えていく前向きな思考が必要となる。

ここで挙げたような0から1を生み出す創造型人材の育成において考えておきたいのは、既存の人材育成体系とは異なる対象者の選定である。その背景には改善型人材と創造型人材の分化がある。企業内には既存事業を進化させることで現在価値を最大化する人材と新たな事業を創造し将来価値を創出する人材が必要であり、共に重要な人材である一方、この二者は求められる要件が異なっている。創造型人材に必要なのは新たな事業創造に対する危機意識であり、そのためには自身が会社の中核となるタイミングで新たな事業が立ち上がっていないと困る年齢層を対象とすることである。2030年前後に様々な事業環境の変化が訪れることを考えると2030年時に60歳となる現48歳を一つの目安と考え、それ以下の年齢層でかつ要件を満たす人材にこそ創造型人材の役割を担ってもらうことが望ましい。中には30代前後の若手人材も対象となるだろうが、この際にはマネジメント経験不足というマイナス面以上に、既存事業での成功体験が少ないことが新しい活動に対する柔軟性につながるというプラス面に期待すると良い。

創造型人材の育成を実施する際には要件を満たす人材を全社員から選抜し、本社主導で育成体制を整備する。誰もが未経験の領域であるため、マネージャーやスタッフという役職の差はつけない方が良く、多様性を重視する観点からも様々な部署・役職のメンバーが混在して学ぶ場をつくることが望ましい。

具体的な育成活動としては、外部とのコラボレーション促進やマインドセットの強化といったサポートも必要であるが、何よりも重視するべきは新規事業のトライアルに代表されるような実際の事業活動に即したOJTを実施することである。答えのない問いに対するチャレンジが開発型人材に求められるものである以上、企業側にできる最大のサポートは対象メンバーの正しい選抜と対象者が実活動において十分なチャレンジをできる環境づくり、そして新たな事業機会への挑戦と結果を適切に評価することである。

■まとめ

本稿ではカーディーラー業界における短期、中期の事業環境の変化に基づいて、人材戦略を考えてきた。

環境が変化する中、短期的には既存事業の領域においてマネージャー、スタッフのスキルセット、マインドセットを軸に行動を強化しつつも、同時に中長期視点から次代の業界変化、事業構築を見据えた人材を育成することが求められている。このタイミングで自社の置かれている事業環境の変化を踏まえて「環境」―「戦略」―「人材・組織」の一貫性に基づいた人材戦略を再考することが重要ではないだろうか。(図3参照)

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UPDATE
2019.10.11
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